色無き虹の行方:後日談

2017年7月2日「色無き虹の行方」、後日談の端緒。

※シナリオの重大なネタバレを含みます

 

「『虹色の女』――今度の個展のタイトルです。」

そう言ってはにかむように笑った表情が、不思議と印象に残っていた。アトリエで虹色の羽を持つ蝶を見つけられたのもその所為だろうか。感性という非言語的な価値で満たされた鮮やかな部屋の隅。丸椅子で羽を休める“彼女”はすぐにまた何処かへと飛び立ってしまったけれど。もしも彼がその色彩を見たのなら、一体何を感じ、何と表現したのだろうか。腹部を血に染め、刺傷に苦しみながら息も絶え絶えに彼女を案じた彼は。

個展会場の廊下にて。彼――多賀淳也が壁に凭れ蹲る様を見て、真っ先に過ぎったのは医者としての使命であった。駆け寄ることに躊躇いは無かった。二人を先に行かせ、出来る限りの処置を施すことも。それが自分のすべきことだと信じていたし、成し遂げるだけの力を持っている自負もあった。

枚方から託された応急手当セットを使い処置を施す最中、青褪めた頬で譫言のように彼女を想う彼へ「他人のことを心配している場合か」と思わず窘めた。返事は勿論無かったし、聞こえていたとしても返事のできる状態では無かっただろう。而して彼に対して感じた苛立ちは、最終的に“彼女”こと宇高紫乃へと向けられることとなる。

七色の絵画を背に血濡れたナイフを携え佇む宇高へ言葉を投げかけたあの時。
もう一つ付け加えるとすれば、きっとこう言っていた。

「俺の前で勝手に死ぬなんて、許さない。」


***


「――失礼。連絡していた椿という者だ。」

カーテンで仕切られた病室の壁を申し訳程度にノックし、控えめな声量で声をかける。事件のあらましを伝えるという名目で訪れた今日は、多賀が病院に運び込まれてから1週間は過ぎた頃。傷の治り具合によってはもう少し間隔があいたかもしれない。

何れにせよ誰かに聞かれる可能性のある場所で伝えられる話ではないから、了承が得られるならば病室から連れ出したい。青空の見える屋上、緑の映える中庭、或いはまた別の何処か。彼の希望に応じて場所を移せたならば、さて、何から話そうか。きっと彼には望む限りを知る権利がある。ある種の必然とはいえ縁薄い自分が関わってしまったこの一連の、知り得た限りを伝えるつもりで臨む日の。折り入って紡ぐひとひらの物語に、先へ繋がるものがあればと希う。